野村玄良・ささ玄の ハテナぶろぐ 『日本語の意味の解』第②回 第1章・ロゴスの探求「さをとめ」とは何か。

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第1章 和語の意味の構造

 この歌は【万葉集・1429・春の雑歌】若宮年魚麻呂の歌である。

 乙女らが かざしのために みやびをの かづらのためと しきませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひはも あなに。【万葉集・1429】

 「をとめ」等の簪(かんざし)にと、「みやびを」(上品で優美な男)の頭に巻く縵(かづら)のためにと、帝のお治めになる、国の隅々に至るまで咲いている、桜の花の輝くばかりの美しさは、ああなんと。

 例えばこの歌の「をとめ」「桜」「咲く」の意味構造がどの様な規範に基づいて組成されているのであろうか。
 『乙女・ヲトメ』の語を手始めに考察をしてみよう。 
 語意を先に述べると、「をとめ・乙女」は「近寄る男を止めて寄せ付けない女・男性を遮断して純潔を守る女・処女であることを守らなければならない女」の意味構造を持つ言葉で「タブー」を意味する古相の言葉である。単に「婚期にある少女」では語の原義を解いてはいない事になる。
 部族社会においては、集団の定める秩序や掟などの約束事は必ず守らなければならない、社会的な必要条件であった。早婚の禁止は優生学的にも生命体の劣性化を防止する必要手段である。「サヲトメ・ヲトメ」はまさに社会集団の力で守らなければならない掟を言葉にしたものであり、男たちに課せられたタブーなのである。
 「乙女」の語構成は「ヲ・男・雄・牡」+「ト・止・留・の語幹・動きをそのまま留める(乙類)」+「メ・牝・雌・女(甲類)」で「男・止・女=男を寄せ付けない+女」の意味構造であることが理解される。「を」は「ヲス・牡・雄」の意で「雄の生殖器」を表す語である。したがって「小さい・ちょっとした」などの意にも用いられる。
 「ヲカス・犯す・侵す・冒す」=「ヲ・雄・男・男根」+「カ・堅固・強固」+「ス・四段」の構成で、タブーや掟を破る男性の犯罪に特定された語意構成になっている。女性は古来、受身で被害者の立場にあり、今日においては女性保護の法整備も行き届き、男たちの淫らな行為を許さない社会になっている。

 「ヲ」は「雄・男の性」の概念を表すが、もう一方の「オ」は「大きい・押す・圧迫・重も・多い」などの語幹の「オ」で「圧迫」を原義とする抽象概念を表す素語である。

 ここに「さをとめ・早乙女」を揶揄した面白い俳句がある。

 【五子稿・来山】 さをとめや 汚れぬものは 歌ばかり
 
 解釈は、純潔の少女の名前で呼ばれているところの「さをとめや」と、矛先に玉(詞の頭・タマ)を突き刺して高々と掲げておいて、「汚れていないものは、サヲトメと言う言葉だけだ」とこき下ろす川柳である。この時代においても、はっきりと「さをとめ」の正確な語意が認識されていたことがこの歌から判る。
 では「さをとめ・早乙女」を解いてみよう。
 「サ」は接頭語では解けないし「神稲」「五月」などの意味はさらにない。何故ならば次の歌があるからだ。
山家集】 いそ菜摘む 海女のさをとめ こころせよ 沖ふく国に 波高くなる。
 田植えをする乙女ばかりが「さをとめ」ではないのである。ここで「沖ふく国」は海神の住む国(わたつみ・海神)の意味で、「沖風が吹いてきて波立ってきた」と海の荒神の動きがただならぬと言っている。純潔の乙女の周辺にいる男たちの不穏な動きを、波に例えて気を揉んでいる歌である。
 本書では一切「接頭語」なるボカシ用語は使用しない。「早乙女」は「サヲ=男性の象徴・男根」+「ト・止・遮断」+「メ・女」と「乙女」よりもさらに即物的な人体語を使った、二音節語を合体させて四音節で一つの意味を作り出した造語なのである。
「サヲ」=「サ・前方斜め下方向へ進む意・笹の葉形状」+「ヲ・雄・牡・男」=「サヲ=男根・棹・竿」の構成である。この事実から「さを・男根」が隠語ではないことを和語の意味構造が明解に証明しているのである。
 では何故「サ」が「前方斜め下方向へ進む意・笹の葉形状」の抽象概念を持っているのか、それは次の「桜」の「サ」の意味に注目していただきたい。

「桜・サクラ」=「サ・前方斜め下方向へ進む意・笹の葉形状」+「ク・動きを表す辞・四段・終止形」=「サク・裂く=咲く」+「ラ・同じものの集合体でまとまりのある形状を表す」の構成である。つまりつぼみの状態で繋がっていた花びらを「裂き」=「咲き」となるのである。
 薄い紙・布・樹皮・革・葉などを「引き裂く」とどんな形状になるか。
 「サキ(連用形・名詞化語)」の類語で検証してみよう。
 「サキ=裂き・咲き・割き・先・埼・崎・岬」これらの語で共通する意味は何か。それは「形状」において全ての語が「先端が突き出た尖りを持った形」とその形状を生み出す基本の所作を表している。そして、その尖り方は「前方斜め下方向にやや下がった姿の、笹の葉とかヤジリ(鏃)・ナイフ・刀などの形状」で「男根」もまさに先端部分が同形の「サ・前方斜め下方向へ進む意・笹の葉形状」+「ヲ・牡・男」であることがわかる。
 「サ」のつく語をもっと広く見てみよう。
 「サ・矢の古語」「サカ・坂・境・界」=「サ・前方斜め下方向へ進む意・笹の葉形状」+「カ・堅固・強固」の構成で「逆らふ」の「サカ」は境界線で敵と対峙する対決の刃物の先端の形状を表す語である。昔から境界線は「サカモギ・逆茂木=敵の侵入に備えてトゲのある木の枝を立て並べ結び合わせて作った柵(サク・逆く)」などで外からの侵略に対してこの「境=サ+カヒ(防御)」を死守したのである。
 地名で「サカ」のつく土地は地形が「サ・前方斜め下方向へ進む意」であるばかりではなく、部族間の境界線のホットラインで火花を散らした歴史を物語る場所であって、地形が平地であっても「サカ」なのである。
「サカ」の類語現象に対し、これを私は「カル現象(後述)」と呼んでいる。私がこれを発見する遥か以前に、折口学(折口信夫)を継承した高崎正秀博士はすでに【八心式・ヤゴコロシキ】(一語で幾通りもの意義を発する、和語の特徴を捉えた“底語”の存在とその働きを説いた理論[著書・文学以前・桜楓社])の学説をうち立ておられたのである。(詳細は後述)
 
「サクラ」は「裂く=咲く」+「ラ」=「咲きたるモノが寄り集まりて一つのまとまりのある形状を構成したるもの」の意であるから、桜は菊や薔薇のように唯、一輪の花を一つ一つ鑑賞するのではなく、一斉に咲き誇る花の巨大な団塊の連なりを「咲きまくりたるものの群がり」=「咲く・等(ラ)=桜」として捉え、「連体形」+「ラ・群がり」で名詞化されたところに、命名をした先祖の感動の大きさが表れており、その心が伝わってくるのである。
 漢字は単に中国からの借り物に過ぎない。語意の解釈をする際に大切なことは、外来輸入した漢字という中国人の抽象概念でもって、最初から日本古来の言葉の意味を考えてはならないことである。
 「桜」の字を見て意味を考えると、和語の「サクラ」が単なる固有名詞で、特定の樹木を表す単なる「恣意的な音声記号」であると錯覚し、和語の意味構造を理解することすら出来なくなってしまうのである。
 言語学の一番危険な落とし穴は実はこれなのである。日本語のルーツを模索する試みが学界で様々にあるが、何れも再考さるべき問題点を背負っているように思われてならない。

 一口に「日本語」と言っても外来の言葉が満ち溢れていて、どこまでが本源的な日本民族の言葉であるのか、きちんとふるいをかけないとこれまた判断を過つこととなる。
 本書においては日本民族固有の言語を「和語」と表現する。勿論日本民族の原初語が何時頃どのような経緯で成し遂げられたか、その実態なぞ誰にもわかる事柄ではないのだが、仮に「原日本語」と呼べるようなこの日本列島に定住していた人々が共通的にその言葉を理解し、自ら自在に駆使し得たところの言語を「和語」と呼ぶだけのことなのである。

 万葉集の歌言葉の中にもそんなに多くはないが、外来語が混じっている。
 例えば【万葉集・3327】 衣手(ころもで)を あしげの馬の いなき声 心あれかも 常ゆ異(け)に鳴く。 

 この歌で「馬・うま(むま)」は外来語である。また「駒・こま」も和語ではない。一体どの様にしてそれを判断するのか。その謎解きの鍵を握る「和語の素語」の実態に迫って見よう。

 『言葉の中の遺伝子情報』

 DNAとは、デオキシリボ核酸の頭文字である。細胞の中には核があり、この中には遺伝子DNAが染色体という形で存在している。
 一つの細胞の中に閉じ込められた遺伝子の完全なセットを「ゲノム」と呼んでいる。
 人間のゲノムは三十億からの塩基対(エンキツイ)から成り立っていて、この中に三万種類(国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアム二千年発表)の遺伝子がランダムに点在している。
 この遺伝子の本体がDNAであることがわかるまでに長い歴史があった。核酸性物質ということから「核酸」と名付けられたのは十九世紀のことであった。そして、それからなんと五十年も経てからやっと、この「核酸」が遺伝の基本物質であるDNAであることが判ったのである。
 現在ではヒトゲノムの解読に世界規模での激しい競争が展開されている。
 この開発競争の理由は、人間のDNAの構造がわかれば、人体の異常のメカニズムや、脳内の構造・「思考法」など全てが解読でき、病気の早期治療や難病の事前の対策がたてられ、人類に福音がもたらされると考えられているからである。
 そして今述べた人間の「脳内構造・思考法」について、ここにこそ「ロゴス・理性」の存在が秘められているのではなかろうかと私は考えているのである。

 

 


【あ~を】「63素語音義律定義」一覧

「あ=吾・主体・存在する形態・あたし・在る・開く・会ふ・編む」
「い=尖りの形態・射る形態・息・毬・行く・言ふ・怒る・活きる・石・磯・糸・稲」
「う=屈曲した形態・売る・得る・窺ふ・浮く・失せる・嘘・産む」
「え=選ばれた形態・選ぶ・蝦・荏原」
「お=押す形態・織る・置く押す・抑へ・負ふ・重・落」
「か=固い・強固な形態・刈る・駆る・軽・枯・涸」
「き=(甲類)切る・消る・見えない形態・気・着る・聞く・きすむ」
「き=(乙類)喰い込んだ形態・木(く/ku/+い/i/=/kwi/)母音調和語」
「く=口の作動形態・繰る・くくむ・喰ふ・汲む」
「け=(甲類)異様な形態(甲類)・化・けや」
「け=(乙類)消えた形態(き/ki/+え/e/=/kye/)母音調和語・毛(はげるもの)」
「こ=(甲類)子の形態・子・娘・児・粉・恋・焦げる」
「こ=(乙類)込める形態(く/ku/+お/o/=/kwo/)母音調和語・凝る・込める・乞ふ」
「さ=斜め下方向へ向かう形態・去る・裂く・刺す・盛り」
「し=下方向の形態・知る・敷く・死す・石」
「す=通過する形態・巣・素・須・する・すく・吸ふ・澄む」
「せ=背の形態・競る・迫る・急く・せめる」
「そ=(甲類)空・十。最上の形態・空・五十(いそ)」
「そ=(乙類)反れた形態(す+お=/swo/)母音調和語・反る・剃る・染める」
「た=手足の形態・立つ・足袋・旅・たける
「ち=(Ⅰ類:チビ系/ti/)小さな形態。塵・父・乳・苺」
「ち=(Ⅱ類:血管系/chi/)血・道」
「つ=(Ⅰ類:指先系/tu/)つまむ・釣る・突く」
「つ=(Ⅱ類:液体系/thu/)津・体液・水の形態・津波・汁・梅雨」
「て=手の形態・寺(手を合わせる+等)」
「と=(甲類)線引きの形態・戸・砥ぐ・隣・虎」
「と=(乙類)止める形態(つ/tu/+お/o/=two)母音調和語・取る・止める・留める」
「な=なよやかな形態・生る・泣く・成す」
「に=柔らかな土・粘土細工の形態・煮る・膠・似る・兄・脂」
「ぬ=ぬるりとした形態・塗る・塗絵・ぬく・ぬすむ・縫ふ」
「ね=見えないところの形態・根・寝・寝・ねずみ・ねたむ」
「の=(甲類)傾斜した土地の形態・野・軒」
「の=(乙類)乗る形態(ぬ/nu/+お/o/=/nwo/)母音調和語・乗る・海苔・糊」
「は=歯・端の形態・橋・箸・挟む・貼る・掃く・這ふ・食む」
「ひ=(甲類)平らな形態日・陽」
「ひ=(乙類)火の形態(ふ/hu/+い/i/=fwi)母音調和語」
「ふ=触れる形態」
「へ=(甲類)減る形態・辺」
「へ=(乙類)経過する形態・経(ひ/hi/+え/e/=/hye/)母音調和語」
「ほ=膨らんで大きくなる形態・頬」
「ま=目の形態」
「み=(甲類)見事な形態・美・御・三」
「み=(乙類)躍動して射る形態・雷・神(む/mu/+い/i/=/mwi/)母音調和語」
「む=躍動の形態」
「め=(甲類)女・雌の形態・めす・召す・女神・めめし」
「め=(乙類)見える形態・目・芽(み/mi/+え/e/=/mye/)母音調和語・恵み」
「も=(甲類)盛り上がった形態・腿」
「も=(乙類)根元の形態(む/mu/+お/o/=/mwo/)母音調和語・元・本」
「や=矢の形態・(い/i/+あ/a/=/ya/)母音調和
「ゆ=弓の形態(い/i/+う/u/=/yu/)母音調和語」
「え(ヤ行のえ)/ye/(い/i/+え/e/=/ye/)母音調和語・枝・江」
「よ=(甲類)尖りで押す形態・弱体化(い/i/+お/o/=/yo/)母音調和語・弱・夜」
「よ=(乙類)性行為の形態(い/i/+を/wo/=/ywo/)母音調和語・善・良・よがる」
「ら=同じものが集合した形態・等」
「り=張り出した形態・尻・鳥・森・盛り」
「る=現在進行中の形態・現在進行形=静止画像で終止形」
「れ=垂れ下がった形態・きれ・濡れ・ひれ・漏れ」
「ろ=(甲類)取り囲まれた形態・炉・室・囲炉裏」
「ろ=(乙類)囲まれて中が詰まった形態(る/ru/+お/o/=/rwo/)・麿・櫓・魯・助詞」
「わ=屈曲した主体・我(う/u/+あ/a/=/wa/)母音調和語」
「ゐ=連続の形態・猪・井・居(う/u/+い/i/=/wi/)母音調和語」
「ゑ=崩れた形態(う/u/+え/e/=/we/)母音調和語・餌・絵」
「を=男の象徴の形態(う/u/+お/o/=/wo/)母音調和語・男・雄・尾・苧・麻・青」